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12.帰郷

 藤吉郎は五助とおナツを連れて故郷の中村に向かった。

 旅の最中、五助とおナツは絶えずいちゃつき、場所もわきまえず、暇さえあれば抱き合っていた。おナツはいつも猫のようにキャーキャー騒いでうるさく、暑いと言っては、すぐに裸になった。おナツの裸を見ると五助は発情し、人前もはばからずに獣のように交尾を始めた。藤吉郎は腹を立て、二人と何度も喧嘩したが、二人は一向に気にせず、陽気に流行り歌を歌いながら後について来た。

 家が近づくにつれて藤吉郎の足取りは重くなった。筑阿弥に何て言い訳をしたらいいのかわからなかった。五助とおナツは、そんな藤吉郎の気持ちなど知らず、相変わらず、いちゃいちゃとふざけあっていた。

「ここで待っててくれ」と藤吉郎は村の入り口の祠(ホコラ)の前で二人に言った。

「何だ、うちまで連れてってくんねえのか」

「おめえらを泊める程、俺んちはでっかくねえんだ。その辺で、いつものようにやってろ」

「そうか、その祠の中で一発やるか」と五助はおナツを後ろから抱き締めた。

「やーねえ」と言いながらも、おナツは嬉しそうに甘えている。

 藤吉郎はふと、おきた観音を思い出した。元気でいるかな、また、どこかから現れるだろうと、二人を置いて家に向かった。

 家には誰もいなかった。どうやら、お父の病も治ったようだなと畑の方に向かった。

 男の格好をした姉がいた。弟の小一郎も妹のあさも驚く程、大きくなっていた。二人の姿を見て、三年の月日が長かった事を改めて思い知った。

 姉が藤吉郎を見つけ、母親に告げると駈け寄って来た。

「帰って来たか‥‥‥おめえ、偉くなったようだな」と姉は嬉しそうに藤吉郎の姿を眺めた。

 侍の格好が板につき、腰には二刀を差していた。

「侍の端くれにはなったけど、まだまだだ」と藤吉郎は照れ臭そうに手を振った。

 藤吉郎の回りにみんながやって来た。母は急に老けこんでしまったようだった。白髪が増え、顔の皺(シワ)も増えていた。母は藤吉郎の姿を眺めて涙を溜めていた。

「帰って来たのかい‥‥‥」

 藤吉郎はうなづきながら筑阿弥の姿を捜したが見つからなかった。

「お父はどこだい」

「お父はね‥‥‥」と言ったまま母は俯いてしまった。

 姉も俯いている。

「お父は?」と藤吉郎は小一郎に聞いた。

「お父は死んだんだ」と小一郎は小声で言った。

「何だって」と藤吉郎は姉を見た。

 姉は顔を上げて母を見てから、「去年の十一月だ」と言った。「夏頃から、ずっと寝込んでたんだけどな、とうとう、十一月の末に逝っちまったわ。最期まで、おめえの事を心配してたぞ」

「お父が死んじまったのか‥‥‥」

 筑阿弥がこんなにも早く死んでしまうなんて考えてもみなかった。一人前の侍になるまで生きていてくれるものと思い込んでいた。

 筑阿弥がもういないと聞いて藤吉郎は急に気が抜けてしまった。

「いつまでいられるんだい」と母は聞いた。

「えっ、ああ、すぐに行かなきゃなんないんだ。清須に用があって来たついでに寄ってみたんだ」

「そうか、泊まってもいかんのか」

「もっと偉くなったら、おっ母やみんなを迎えに来るよ」

 藤吉郎は松下佐右衛門から貰った革袋を母に渡した。

「奉公しながら溜めたんだ。いい着物でも買ってくれ」

 革袋の中を覗いて驚く母を後にして、藤吉郎は五助たちの待つ祠に向かった。

 祠の中に二人はいなかった。どこに行ったのだろうと捜していると、木の上から笑い声が聞こえた。見上げると五助とおナツが高い枝の上に腰掛けて笑っていた。

「おっ母に会って来たか」と五助は言った。

「みんな、元気だった?」とおナツが言った。

「行くぞ」と藤吉郎はさっさと村を後にした。

 五助とおナツは軽やかに木から飛び降りると笑いながら藤吉郎の後を追った。

 清須の城下は相変わらず賑やかに盛えていた。五助とおナツは楽しそうに市場を見て回っているが、藤吉郎の心は暗かった。

 お父が死んだ‥‥‥木下家を再興しろと言ったお父はもういない。

 早すぎる。どうして、こんなにも早く死んじまったんだ‥‥‥

 藤吉郎は五助とおナツの笑い声を聞きながら必死に涙がこぼれるのを堪えていた。

「おい、面白そうだぜ」と五助が言った。

 藤吉郎が顔を上げると五助は見世物小屋の看板を眺めていた。

『御利益(ゴリヤク)、生きた秘仏の御開帳』と大きく書かれ、下手くそな女の裸が描かれてあった。

「ちょっと、入ってみるか」と五助がニヤニヤしながら言った。

 下らない見世物なんか興味なかったが、藤吉郎は五助に連れられて小屋の中に入った。

 薄暗い小屋の中では五、六人の客が壁に顔をくっつけて、じっと何かを覗いていた。

「やっぱり、覗き小屋だったか」と五助も穴の中を覗いた。

「ほう、まさしく秘仏だ」と五助が言うと、「何があるのよ」とおナツも目の前の穴に顔を近づけた。

「まあ、綺麗。ねえ、あれは仏様なの」

「馬鹿言え、仏様は男だ。あれは紛れもなく女子(オナゴ)だ」

「観音様かしら」

「多分な。おっ、観音様が脱ぎ始めたぞ」

 二人の話を聞きながら、壁の向こうで観音様に化けた女が裸になっているのだろうと思った。今の藤吉郎はそんなものを見る気分じゃなかった。それでも木戸銭を払ったのだから少しは見てやるかと覗いてみた。

 ローソクの光に照らされて、黄金(コガネ)色の冠(カンムリ)をかぶった観音様がキラキラと輝く薄手の着物を脱いでいた。怪しい雰囲気の笛の音が流れ、その調べに乗って優雅に踊りながら着物を脱いでいる。観音様の顔つきも気品があり、まるで、極楽浄土を垣間見ているような気分にさせる、よくできた見世物だった。

「本物の観音様なの」とおナツが言った。

「秘仏さ、本物に決まってるだろ。生きた観音様だ」

 藤吉郎はふと、おきた観音の事を思い出した。今回、中村で会う事はできなかった。姉に聞こうと思っていたが、突然、父の死を知らされて動揺し、おきた観音の事はすっかり忘れていた。そういえば、おきた観音もあんな踊りをよく踊っていた。やっぱり、あいつは観音様だったんだなと思った。

 見世物の観音様はとうとう着物を脱ぎ捨て、素っ裸になった。客たちが歓声を上げていた。

「ほう、観音様のアソコの毛は光ってるのか」と五助が感心した。

「綺麗ね。羨(ウラヤ)ましいよ」とおナツが言った。

 裸の観音様は体をくねらせ、しなやかに踊っていた。五助の言う通り、股間の毛は黄金色に輝いている。突然、笛の音が激しくなり鼓の音も加わった。観音様は手足を振り乱し、狂ったように踊り始めた。黄金色の冠が頭から落ち長い髪が背中に垂れた。

「おきた観音だ」と藤吉郎はつぶやいた。

「何だ? あの観音様はおきたというのか」と五助が聞いた。

「違う。あれは観音様じゃねえ。おきた観音だ」

「おめえ、なに言ってんだ。親父が死んだんで頭がおかしくなったんじゃねえのか」

「説明は後だ。あの女を助ける。手伝ってくれ」

「何だと」

「あいつは同じ村の女なんだ。騙されて、こんな所に連れて来られたんだ」

「おめえの幼なじみというわけか。面白え、やってやろうじゃねえか」

 五助はそう言うと壁を思いきり蹴飛ばした。薄い板でできた壁は簡単に壊れ、大きな穴が空いた。

「何しやがる、この野郎!」と小屋の者が飛び出して来たが、五助に殴られて気絶した。

 客たちは驚いて逃げ散って行き、どこから現れたのか、人相の悪いゴロツキどもが刀を抜いて三人を囲んでいた。小屋を囲んでいた筵(ムシロ)は跳ね上げられ、裸のおきた観音だけが場違いのようにケラケラ笑っている。藤吉郎はおきた観音を着物でくるんで抱き上げると、「逃げるぞ!」と怒鳴った。

「おう」と五助は言ったが、逃げる様子はまったくなく、おナツと二人でゴロツキどもを簡単にひねっていた。

「トーキチ、トーキチ」とおきた観音が言って藤吉郎の首に抱き着いて来た。

「俺がわかるのか。随分、辛い目に会ったな。もうあんな事しなくてもいいからな」

 おきた観音はケラケラ笑いながら涙を流していた。

「おい、逃げろ。奉行所の奴らがやって来た」

 五助とおナツが飛んで来た。藤吉郎はおきた観音を抱いたまま二人に守られて人込みに紛れ、五条川の河原まで逃げて行った。

 腕が棒のようになっていた。辺りを見回し、安心すると藤吉郎はようやく、おきた観音を下ろした。

「おめえの女だったのか」と五助は聞いた。

「そうじゃねえ。可哀想な女なんだ」

「なかなか、いい女じゃねえか」

 おきた観音は五助を指さしながらケラケラ笑い出し、起き上がると裸のまま踊りだした。

 五助は呆然として、おきた観音を眺めた。「ちょっと、ここがおかしいんじゃないの」とおナツが自分の頭を指さして言った。

 藤吉郎はうなづいた。

「何だ、気違えか。あれだけの器量で勿体ねえ事だな」

 藤吉郎はおナツに着物を着せてやるように頼んだ。おナツはうなづいて、おきた観音に近づいて行った。おきた観音はおナツから逃げ、とうとう川の中に入ってしまった。人の心配も知らず、おきた観音は幸せそうに水浴びをしていた。光る水しぶきの中で踊っているおきた観音の姿は、さっきの見世物の続きを見ているようだった。

「あんな女を助けて、一体、どうするつもりなんだ」と五助が聞いた。

「わからん。先の事まで考えなかった」

「お荷物になるぜ」

「わかってる。でも、放っては置けなかった」

「親父が死んで、ぼうっとしてたんじゃねえのか」

「違う‥‥‥どうして、おめえ、親父が死んだ事を知ってるんだ」

「あの時、おめえの後をついて行ったんだよ」

「ふん。抜け目のねえ奴だな。油断してたら何をされるかわからねえ」

「忍びだからな」

「もういいよ。水浴びをさせてやってくれ」と藤吉郎はおナツに言った。

「うん、わかったよ」

 おナツはそう言うとおきた観音の着物を放り出し、自分も着物を脱ぐと川の中に入って行った。おきた観音の手を取り一緒になって踊っている。色白のおきた観音と小麦色に焼けたおナツが踊っている姿はこの世のものとは思えない程、優雅で妖艶だった。

「おナツの奴も頭がおかしくなったらしい」と五助は笑ったが、空を見上げると、「いや、気違えのような暑さだ。あの二人の方がまともなのかもしれねえ。俺たちも入るか」と言った。

「そうだな。急ぐ旅でもねえし」

 二人は着物を脱ぎ捨てると大声でわめきながら川の中の二人の女のもとに駈け寄り、一緒になって踊り始めた。

 その夜の事だった。河原で寝ていた藤吉郎たちは対岸の騒がしさで目を覚ました。顔を上げて対岸を見ると清須の城内から火の手が勢いよく上がっていた。城下は騒然となり、松明があっちに行ったり、こっちに行ったりしている。

「火事か」と藤吉郎は言った。

「いや、あの騒ぎよう、ただの火事じゃねえぞ」と五助は立ち上がると太刀を腰に差した。「面白くなって来やがった。ちょっと調べて来る。ここを動くなよ」

 おナツも行こうとしたが五助は止めた。

「おめえはここにいろ。ここも安全とは言えねえからな。二人を守ってやれ」

「そんな、つまんないよ」

「何が起こったのか見て来るだけだ。すぐ、戻って来る」

 五助はそういうと闇の中に消えて行った。

「俺たちの事は心配ねえ。一緒に行ってもいいぞ」と藤吉郎はおナツに言った。

「いいよ。頭のいかれた女とあんたをこんな所に置いては行けないよ」

「すまんな」

 おきた観音は藤吉郎の手を握ったまま、気持ちよさそうに眠っていた。

「この女、いかれているけど、あんたの事は好きなのね」

「わからない。でも、俺の事は覚えてるみたいだ」

「好きなのよ、きっと。今が一番、幸せなのかもしれないよ」

「幸せか」と藤吉郎はつぶやいた。「今の世の中、一体、何が幸せなのか、俺にはわからなくなって来た」

「女は好きな男と一緒にいる時が幸せなのよ」とおナツはおきた観音の寝顔を見ながら言った。

「男は?」

「男には夢があるでしょ。その夢をかなえた時が幸せなんじゃないの」

「夢か‥‥‥五助の夢は何なんだ」

「さあ」とおナツは首を振った。「人のやらないでっかい事をやるって言ってるけど、自分でも何をやったらいいのかわかんないんじゃない」

「人のやらねえでっけえ事か‥‥‥」藤吉郎は対岸の火を眺めながら、五助らしいと思った。俺も五助のように、人のやらないでっかい事をやりたかったが、その前に、木下家の再興をしなければならなかった。

「ねえ、これから、あたしたち、どこ行くの」とおナツが聞いた。

「とりあえずは小折村の生駒屋敷だ」

「そこに何があるの」

「生駒様というお大尽がいて、面白い連中が大勢、集まってるんだ。きっと、五助の奴も気に入るよ」

「へえ、そんな所があるの」

「ああ、俺が惚れた女っていうのは、その生駒様の娘なんだ。でも、もしかしたら、もう、嫁に行ってしまったかもしれない」

「その女って、いくつなの」

「十七」

「十七か、難しいね。でも、あんたを待ってるって言ったんでしょ」

「ああ、言った。しかし‥‥‥」

「大丈夫よ。きっと、待っててくれるよ。もし、待ってたら躊躇(チュウチョ)しちゃ駄目よ。強引に親から奪い取るのよ。あたしたちが助けてあげるよ」

「そんな事をしたら、生駒様の大勢の侍や人足たちに追われる羽目になる。」

「大丈夫、逃げられるよ。それに、あんたが偉くなれば、親だって、きっと許してくれるよ」

「そうかな」

「そうよ。それとも、あんた、偉くなる自信はないの」

「自信はあるさ。きっと、生駒様より偉くなってやる」

「それなら大丈夫よ。早く、あんたが惚れた女に会ってみたいね」

 五助は明け方近くに帰って来た。

「大事件だ。やっぱり、ただの火事じゃなかった。守護代の織田大和守(ヤマトノカミ)が守護の武衛(ブエイ)様を殺しちまったらしいぞ」

「なに、武衛様を殺したのか」と藤吉郎は聞き直した。

「そうだ。大和守は武衛様を殺して城を占拠したとの事だ。ところが、武衛様の跡継ぎが城を抜け出して逃げたらしい。大和守は跡継ぎを捜し回ってるが、どうやら、那古野(ナゴヤ)の上総介(カズサノスケ)を頼ったらしいとの噂だ」

「那古野の上総介のもとに逃げたのか‥‥‥」

「そういう噂だ」

 藤吉郎は四年前、那古野城下で見た上総介を思い出した。蜂須賀小六の話だと、回り中、敵に囲まれている上総介は放って置いても自滅するだろうと言っていたが、まだ、自滅しなかったのかと不思議に思った。

「近い内に戦が始まるぞ」と五助は言った。

「清須と那古野が戦をするのか」

「多分な。ああ、疲れた」

 五助はそう言うと横になり、おナツを抱き寄せた。

「駄目。もうすぐ明るくなるよ」

「構うもんか」

「だって、回りから丸見えだもん」

「城下は大騒ぎだ。朝っぱらから、こんな所に来る奴なんていねえわ」

 五助はおナツの体を求め始めた。おナツは駄目よ、いやよと言いながらも、なまめかしく喘(アエ)ぎ始めた。

「くそったれが」と藤吉郎は両耳をふさいだ。

 おきた観音が握っていた手を放してしまったため、おきた観音の手が藤吉郎を求めて伸びて来た。眠ったままなのか起きてしまったのかわからないが、目をつぶったまま上体を起こすと藤吉郎の首に両手を巻き付けて来た。藤吉郎は優しく、おきた観音の背を抱き締めた。おきた観音は安心したのか、藤吉郎の胸の上で寝息をたてていた。

 隣ではおナツがよがり声を上げている。藤吉郎は耳を塞いで、じっと欲望を押さえていた。

 しばらくして、耳から手を放すと辺りはシーンと静まっていた。隣をみると二人とも眠っている。すでに夜が明けかかっていた。

 五助は大の字になって眠りこけ、おナツは五助の腕を枕にして、足を五助にからめ、尻をこちらに向けて眠りこけている。朝靄(モヤ)の流れる中、おナツの丸い尻は煽情(センジョウ)的だった。

 藤吉郎は興奮し、おきた観音の股間をまさぐった。おきた観音が拒絶すれば、やめるつもりだったが、おきた観音は喜んで藤吉郎にからみ付いて来た。もうどうにでもなれと藤吉郎はおきた観音の体に溺れて行った。

 すっかりと明るくなった中、藤吉郎は一人、川の流れを眺めていた。おきた観音を抱いた事を後悔していた。

 俺だけは絶対に、おきた観音を弄(モテアソ)ばないと決めていたのに、とうとう、他の男たちと同じ事をやってしまった。これから、吉乃に会いに行くと言うのに、俺は何という事をしてしまったんだ。欲望に任せて、何もわからない女を抱いてしまうなんて‥‥‥自分が情けなかった。

 自分を責めながら川に向かって小石を投げているとおナツがやって来た。

「凄いね。みんな、焼け出されたのね」

 おナツは対岸の河原を眺めていた。

「ああ」と言いながら藤吉郎も川向こうを眺めた。

 家財道具を抱えた避難民が大勢、思い思いの場所で横になっていた。小さな子供を抱えて、うなだれている母親もいる。避難民のために炊き出しをしている坊主もいた。すでに城下の火は消えていたが、かなりの損害があったようだった。

「夜中の火事だったから大変だったね」

「うん‥‥‥」

「どうしたの」と藤吉郎の顔を見ながらおナツは聞いた。「あの女とうまく行かなかったの」

「なに言ってんだ。あの女はここがおかしくて何もわからねえよ」

「いいか悪いかくらいわかるでしょ」

「わかるもんか」

「いいえ、わかるよ。いやな時はいやな顔をするもの」

「そうか?」

「そうよ。馬鹿だけど、それだけ純粋なのよ。決して嘘はつかないし、悲しい時に笑ったりなんてしないのよ。あんたが嫌いなら一緒になんていないと思うよ。逃げてどっかに行っちゃうよ」

「そうかな」

「そうよ。でも、あんたって面白い人ね。普通、あんな気違いなんて相手にしないのに、あんた、変わってるよ」

「そんな事ねえ。ただ、古い付き合いだから放って置けねんだ」

「そう」とおナツは笑った。

「トーキチ!」とおきた観音が叫んだ。

 振り返ると、五助がおきた観音の着物の裾をめくっていた。おきた観音は五助の手を振り払うと藤吉郎の方に駈けて来た。

「あんた、何やってんのさ」とおナツが五助を睨んだ。

「なに、ちょっとな」と五助はとぼけて、あくびをした。

「なにがちょっとよ。このすけべ野郎」

「何もわかんねえ気違えだと思ったら、おめえの事だけはわかるらしいな」

 おきた観音はケラケラ笑いながら藤吉郎に抱き着いていた。

「朝っぱらから、お熱い事で」

 藤吉郎とおきた観音、五助とおナツの奇妙な四人は五条川に沿って北へと上って行った。

 今日も暑くなりそうだった。
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