生駒屋敷は懐かしかった。
馬場では諸肌脱ぎの男たちが馬を乗り回し、浪人長屋には浪人たちがゴロゴロしている。
仁王のような門番は藤吉郎を歓迎し、二の曲輪(クルワ)では兵法(ヒョウホウ)指南役の富樫惣兵衛が武芸を教えている。何もかもが三年前と変わっていなかった。
出迎えてくれた萩乃は変わっていた。十六歳になり綺麗な娘になっていた。吉乃(キツノ)も三年前より綺麗になっているに違いない。早く、吉乃に会いたかった。
藤吉郎が吉乃の事を聞こうとすると、萩乃はニヤニヤしながら、「残念でした。お姉さんはいないわよ」と言った。「今年の春、美濃の国にお嫁に行ってしまったわ」
藤吉郎の目の前は真っ暗になった。急に気が遠くなるような気分だった。ある程度、覚悟はしていても再会できると信じていた。
「お帰りなさい」と吉乃が笑顔で迎えてくれる事をいつも夢に見ていた。
お父は死んじまったし、吉乃は嫁に行っちまった。こんな事なら尾張に帰って来るんじゃなかったと後悔した。
「それで、相手は誰なんだ」と藤吉郎は平静を装って萩乃に聞いた。
「土田(ドタ)城の七郎左衛門様の次男で弥兵次様っていうのよ」と萩乃はいたずらっぽい目付きで答えた。
「どんな男なんだ」
「背が高くて、強くて、かぶき者で、カッコよくて優しい男よ」
「そうか‥‥‥かぶき者か‥‥‥」
萩乃は首を振った。「ほんとはどんな人だか知らないのよ。噂では強いって聞いてるけど、どんな顔なのか、どんな格好してるのか、全然知らないわ」
「見てないのか」
萩乃はうなづいた。「あたし、言ったのよ。会った事もない男の所にお嫁になんか行くなって。でも、お姉さん、父上には逆らえないって行っちゃったのよ」
「そんな‥‥‥」
「でもね、安心して、あなただけじゃないわ、お姉さんに振られたの。前野村の小太郎様も振られたのよ。あの色男、お姉さんがお嫁に行ってから十日間も寝込んだらしいわ」
「小太郎様が?」
「そう。もう、お姉さんの事は諦めて、お松と一緒になったけど」
「お松っていうと惣兵衛殿の?」
「そう、娘さんよ。お松は前から小太郎様の事、好きだったから夢がかなったのよ。今は仲良くやってるみたい」
「そうなのか‥‥‥」
小太郎は蜂須賀小六の弟分だった。吉乃より十歳くらい年上のはずだった。藤吉郎がここにいた頃、小太郎が吉乃に言い寄っているという事はなかった。藤吉郎がいなくなってから、吉乃の美しさに惹かれたのだろうか。でも、そんな事はもうどうでもよかった。すでに、吉乃は知らない男のもとに嫁いでしまい、もう二度と会う事はないのだった。
「どうやら、あなたも寝込みそうね」と萩乃は意地悪そうに笑った。
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